私の「推し」は、最愛の妻です
「かごパパ」と名乗っていますが、私のブログの原動力は、他でもない妻への愛情です。
新米パパの奮闘記であるこのブログを通じて、私たち夫婦の日常や育児の考え方を綴っていますが、今回は少し立ち入った話をさせてください。
この記事では私たちが夫婦になるまで大切にしてきたことについて書いています
- 12歳差の壁。私が妻の「素直さ」に気づいた、職場での決定的な出来事
- 「この人と結婚したいと思えた日々の2人の会話「責めない会話」と「矯正・強制しない」という心構え
- 移住の裏側。信頼関係があったからこそ実現した、大阪から鹿児島への移住の全容
私たち夫婦の出会いから結婚、そして鹿児島へ移住するまでの物語です。この記事が少しでも誰かの夫婦関係にも役立つことを願っています。
【12歳差の恋】「いっときの気の迷い」???

職場での出会いと、12歳差という現実
私と妻の出会いは、大阪で勤めていた大きな社会福祉法人です。当時、私は21歳から入社し、務める当時一番若手の管理者でした。そんな私の事業所に移動してきたのが、当時19歳の今の妻です。私は31歳でした。
ありがたいことにこんなおじさんに当時妻は積極的にアプローチしてきてくれました。
しかし年が12歳も離れていると、周囲の目や価値観の違いなど、不安要素は少なくありません。
とはいえ、最初は妻からの積極的なアプローチを「なにかの罰ゲーム」か「いっときの気の迷いだろう」と思っていたんです。失礼な話なんでしょうけど、いや正直疑いますよお世辞にも顔も整っていないおじさんですよ私。
「推し」になった瞬間:21時までの送り届けに現れた素直さ
私の中で「真剣に考えよう」と気持ちが切り替わったのは、私の考えを、妻が素直に受け入れてくれたことです。
当時、20歳まで彼女の気持ちが変わらなかったら真剣に考えよう。それまではお茶したり晩御飯程度に留めようと考えていました。
とはいえ、彼女の親御さんへの配慮も考え、お茶や晩御飯をご一緒するときも、必ず21時までには自宅に送っていました。それに素直に納得してくれる謙虚さ、そして話していて共感できる価値観の多さ。
相手を責めたり、愚痴を言わない彼女の素直な振る舞いに、私は心を動かされました。結婚する未来はないと思っていた私にとって、20歳を超えても気持ちが変わらなかった妻には、ただただ感謝しかない。素直で可愛い彼女こそ、私の「推し」になるのは当然でした。
夫婦喧嘩がほとんどない理由:争いを避ける「会話の哲学」
居心地の良さの正体は「責めない会話」
交際期間を含めて5年目になりますが、私たち夫婦は今のところ喧嘩らしい喧嘩がありません。これは、私たち夫婦が徹底して「争いを好まない」という点で一致していたからです。
結婚を決意した最も大きな理由も、彼女と一緒にいるときの「居心地の良さ」でした。
- 妻の姿勢: 相手を責めたり、愚痴を言ったりしない。けど言いたいことは伝えるようにしてくれる
- 私の姿勢: 我慢するのではなく、会話で解決を試みる。
この、お互いの気持ちを尊重し、穏やかな会話を追求する姿勢が、夫婦円満の土台となりました。
夫婦円満の秘訣:「矯正・強制」ではなく「諦める」心構え

子育てを始めた今、改めて振り返って、夫婦関係を円満に保つ上で最も重要だと考えるのは、以下の「諦めの心構え」です。
- 愚痴にしない: 些細な不満は、本人に直接伝える。
- 矯正を求めない: 相手に「強制ではなく、矯正したいわけでもない」という思いを伝える。
- 合わないなら諦める: 相手がそれに合わない、変われないなら、無理に要求せず、自分が諦める。
- 自由への配慮: 私はフルリモートで家にいるため、「人によっては旦那に家にいられるとストレス」という話も聞きます。だからこそ常々妻には、「働きに出てほしい、家にいないでほしいなど、気持ちが変わったら遠慮なく言ってね」と伝え続けています。
幸い、今のところ「それは無理!」という大きな食い違いはないため、都度相手と話し、自身の成長と思って変わろうとすることを繰り返しています。
【移住の決断】信頼関係が後押しした「知った土地」
妻の提案に隠された「深い配慮」
私は独身時代からずっと30歳を超えたら鹿児島へUターンしたいという思いがありました。けど結婚するなら大阪も視野に入れると妻に伝えていました。
しかし、妻は私のUターン願望を尊重し、移住を提案してくれました。
「鹿児島行こうよ、田舎に行こうよ」
私は、妻が私に気を使って鹿児島と言っているなら、いっそどこか別の、関係ない土地でも良いのではないかと提案しました。しかし、妻の返答は深い信頼に満ちていました。
「どうせなら鹿児島でいいじゃん。田舎暮らしが良いし、全く勝手がわからない土地よりは知った土地が良くない?」
誠意を示すための「移住体験ツアー」

この言葉は、私の負担を軽減しようとする妻の配慮だと確信しました。私はその厚意に甘ええきるのは違うなって思い、「移住体験ツアー」や様々な体験を妻にしてもらってから、最終的な決断をしてもらいました。
妻が私の故郷を信頼し、私が妻の気持ちを尊重した結果、私たち夫婦は大阪ではなく、鹿児島での暮らしを選びました。
【合わせて読みたい】
移住の動機だけでなく、後悔しないために重ねた具体的な「3つの話し合い」や、移住後の生活については、こちらの記事で詳細にお話しています。よかったらご覧ください。
結論:夫婦の物語と、この場所で紡ぐ未来
私たち夫婦は、12歳差という年の差や、大阪と鹿児島という場所の隔たりを、「お互いを尊重し、争いを避ける」というシンプルな哲学で乗り越えてきました。でもこれは我慢しているのではなく、会話の末の結果を繰り返しているので心の負担にはなっていないと考えています。そして今、この鹿児島で、最愛の娘と妻と、新しい生活を始めています。
これからも、このブログを通じて、きれいごとだけでない新米パパのリアルな実体験と、「妻が推し」の夫婦の物語を綴っていきます。


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