さようなら、霧島の別荘。35年の歴史と、祖父が遺してくれた「家族の時間」の話

家族の大事な居場所であるオーナーズホテルのロビー 【雑記】パパの思考・雑記

こんにちは、かごパパです。

今日はいつものような「家の性能」や「育児グッズ」の話ではありません。

少しだけ、私の個人的な思い出話をさせてください。

先日、私のルーツとも言える大切な場所へ、最後のお別れに行ってきました。

35年前、祖父が買ったもの

霧島のとあるオーナーズホテル。

そこが、私たち家族にとっての「もう一つの家」でした。

今から約40年前、私の祖父がそのオーナー権を購入しました。

当時、まだ0歳だった私。

そして今、私の腕の中にいる0歳の娘。

不思議な巡り合わせですが、私が赤ちゃんの頃から通い続けたその場所に、自分が親となって娘を連れてくることになるとは、当時の祖父も想像していなかったかもしれません。

4世代を見守った「定点観測地」

この35年間、私たちは年に4〜5回、必ずここに集まりました。

まるで、家族の歴史を刻む定点観測地のように。

最初は、曾祖父ちゃん、祖父母、父母、そして私。

やがて妹が生まれ、弟が生まれ、賑やかになりました。

時は流れ、曾祖父ちゃんを見送り、祖母を見送り、そしてオーナーだった祖父を見送り。

寂しくなるたびに、新しい命も増えました。

弟と妹が結婚し、甥っ子や姪っ子が駆け回るようになり。

私も結婚し、妻と娘を連れていくようになり。

家族が増えたり、減ったり。

それでも、ここに来ればいつも「全員集合」でした。

オーナー権は、いま私の母が受け継ぎ、私もその名簿に名を連ねています。

「ここにみんなで集まる」

そんな当たり前が、ずっと続くと思っていました。

成人のお祝い

私は四人きょうだいです。私が長男で下に妹が二人と弟が一人います。全員の成人式のお祝いもこのホテルでした。

次は私達の子どもたちの成人式のお祝いがここでできるものだと当たり前に思っていました。寂しいもんです・・・

抗えなかった「終わり」

終わりの知らせは、突然でした。

2026年1月末での閉館。2025年の新燃岳の噴火、度重なる水害。

自然の猛威には、どうしても勝てなかったようです。

総会での説明を聞き、頭では理解しました。仕方がないことだ、と。

でも、35年分の思い出が詰まった場所が地図から消えてしまう現実は、なかなか受け入れられるものではありませんでした。

最後の夜に流れた涙

先日、家族総出で最後の宿泊に行ってきました。

閉館を惜しむ人々で、ホテルは連日満室。

かつてないほどの賑わいを見せていました。

温泉に浸かり、美味しい料理を囲み、久しぶりに家族みんなで笑い合う。

本当に、本当に楽しい1日でした。でも、宴席の途中。

ふと、楽しそうに笑う家族の横顔と、0歳の娘の顔を見た瞬間。

「あぁ、もうこの景色は二度と見られないんだ」

そう思ったら、不覚にも涙が出てしまいました。

楽しいのに、寂しい。

閉館が決まった時点で1月末までの予約をしようとしてできなかったのですが、どうしてももう一度泊まりたくて、フロントでキャンセル空きを聞いてみましたが、閉館の日まで予約はいっぱいでした。

きっと、今日ここにいる全員が、同じ思いで別れを惜しんでいるのでしょう。

「箱」ではなく「時間」

帰りの車の中で、ふと思いました。

祖父が数百万円を出して買ったのは、豪華なホテルの権利や、建物という「箱」ではなかったのかもしれません。

祖父が本当に欲しかったもの。

そして、私たちに残してくれたもの。

それは、「家族みんなが顔を合わせ、笑い合える時間」そのものだったんじゃないか。

建物はなくなります。

でも、そこで育まれた家族の絆や、温かい記憶は、決して消えません。

私が0歳から35歳になるまで、この場所が私を育ててくれたように。

今回改めて思ったこと

霧島の別荘は幕を下ろします。

35年間、本当にありがとう。そして、おじいちゃん。

最高の贈り物を、ありがとう。

いつ大事な場所や大事な人との時間が唐突に終わるのか本当にわからないなぁと改めて思いました。家族との日々を大事に楽しんで毎日を過ごしていこうと改めて思いました!

今回は私の気持ちを書いているだけの記事ですがもしここまで読んでくださった方がいらっしゃいましたら本当にありがとうございます

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